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さらば、サラダバー

とりあえず書きたいこと書きます 

最初からうまくやろうとしないことだ

世の中には物事が続かないタイプの人がいる。

私も例にもれずその一人だ。

そういう人ってある共通点があると思う。

「飽きっぽさ」も一つはあると思うが、もっと重大なのは「無駄に完璧主義」なんじゃないかってこと。

 

大したスキルもないのに(始めたばかりだから無いのは当たり前)

行動を起こす前から上手くやろうとして「あーでもない、こーでもない」って悩み続ける

で、ようやく重い腰をあげて行動してみるも、初めからうまくできるわけもなく、現実の壁が立ちふさがってやる気を落としてしまう・・

そうするたびに「あぁ・・俺はなんてダメ人間なんだ・・」

と自己嫌悪して以下ループ みたいな

 

最初からうまくやろうと思ってるその根性が間違ってるんだ

どんな分野のプロだって初めは稚拙なことしかできなかったというケースは多いらしい

最初から天性の才能を発揮したような所謂天才タイプはごく少数だ。

ならば、なぜに最初からうまくやろうとするのだろうか?

 

俺たちの戦い方はこれでいい

とにかく闇雲でも行動し続けること。アウトプットすること。

そこから見えてくる何かがあるはずだ。

自分と対話することの大切さ

 今日も一日が始まる。

何もない、淡々とした一日が。

私は現在、25歳のニートである。

実家暮らしだ。

傍から見たら空虚な日々に見えるだろう。

だが、私はこの一日一日をとても尊く感じている。

 

最近はよく映画を見るようになった。

もともとアニメは好きだったが、洋画等は有名所が流行作品をチェックする程度だった。

amazon prime会員なので、無料で映画を観れる事に気づき、手当たり次第色々な作品を見ている。

洋画は英語の勉強にもなるので一石二鳥なのである。

 

プライムで見れるおすすめ作品というものを色々とみ漁っているのだが、最近見たものでよかった(心に残った作品ともいえる)は

ガタカ」と「フォレスト・ガンプ」だ。

名作と名高い作品と聞いていったが、素晴らしかった。

 

 

ガタカ (字幕版)

ガタカ (字幕版)

 

 

この二つの作品には共通点がある。

ガタカ」は遺伝子で全てが決まるという(設定の)近未来を描いた作品で、劣性遺伝子の主人公が宇宙飛行士を目指すというストーリー

フォレストガンプ」は知的に人より劣る主人公が、幸運にも恵まれて成功していくというストーリー。

どちらも「周りの人間より劣った能力者」が主人公だ。

そんな彼らの姿からは、「人生に不可能はない。」という力強いメッセージを感じ取ることができるかもしれない。

 

私はつい最近、ある知能検査を受けたのだが、ある分野が人より劣っていることが分かった。

言語能力的には平均値があったため大学までは進学することができたが、そこからは色々と苦労することも多かった。

そうして就活に挫折し、今に至るわけである。

 

今までの人生を振り返った結果、人よりも生きづらいことは明らかだったし、

やはり自分は発達障害なのではないか?と感じることも多かったので、

検査の結果にいちいち落ち込むことはなかった。

むしろ安心したくらいだ。

 

自分の努力不足なんじゃないか。という疑念は常に私を取り巻いていた。

だが、この結果を受けて少しは気が楽になった。

 

「人生に不可能はない」

半分は本当で、半分は嘘だと思う。

私が総理大臣になれるか?まぁ無理だろう。

しかし、本当に心から望むことであれば、人間はいずれ達成できるのかもしれない。

 

だからこそ、「本当に自分が心から望むもの」をハッキリさせなくてはならない。

それは世間から、周りの声から与えられるものでない。

「自分の魂の叫び」みたいなものだ。

 

ずっとやりたかったことを、やりなさい。

ずっとやりたかったことを、やりなさい。

 

 

この本は「創造性」に関する本だが、非常に味わい深い名著だ。

この本のメソッドの重要な一つに「モーニングページ」がある。

ただ、プロットも何もなしに、思うがままに文を書きつくるのだ。

「朝起きた。時刻は8時過ぎ。少し寝坊してしまった・・ 重い身体を引きづり、リビングまで歩く。コップに水を注ぎ、一杯の水を飲み干す。冷たい刺激がのど元も過ぎ、体中の神経細胞が覚醒していくのを感じる・・」

こんな風でもいい

 

この行為にどんな意味があるか。

これは「脳の排水」なのだ

自分が心の奥底に眠っている真の感情を露わにしていくことができる

そうして本当の自分と対話をすることができるのだ。

ためしにやってみるととても気持ちがいいものだ。おすすめする。

 

そうして、この記事も私の「モーニングページ」だ

まとまりは無い。

特に意味もない。

しかし、書くことに意味があるのだ

 

 

その男、求職中につき

 私は現在25歳のニートである

 

 ここで明かされる衝撃の・・r

 

 はい

 詳しい経歴みたbねいなものは後でまた書こうと考えていますが。。

 一応大卒です

 

 というわけで最近はシューカツみたいなことをしている

 

 今日はある会社の説明会に行った。

 

 マーケティングとかを専門にやっている地元の企業だ。

 

 別にマーケティングに興味があったわけでは全くない。

 

 ただ求人サイトに載っていたその会社のPRに心惹かれたからだ。

 

 説明会はとてもよかった。

 社長がしっかりとした理念を持って動いている気がして。

 とりあえず応募するだけしてみようかな

 ダメなら次さ

 

 私は典型的な真面目系クズである。

 能力は伴わないのに、どうしようもなく意識が高くなってしまう時がある。

 

 もっと楽に人生を楽しめたらいいのにな、と思うときは結構あるが

 

 俺はこんな自分でも割と気に入っている。

 

 まとまりねーな笑

 

 そんな感じでこのブログもボチボチ続けていきたいと思っている。

 

よろしくお願いします

俺たちは多分、もっと楽に生きてもいい

 

そんなことをふと思った。

 

というか、生きれるようにならなければいけない

 

と思う。

 

なぜか。

 

現在の技術の進歩はめざましい

ドローンにAIに…  

映画等で描かれてきたいわぬる「近未来」像がまさに実現化されんとしている

(ポルノグラフィティの「ヒトリノ夜」の歌詞にあったように、「車が空を飛ぶ」のにはまだ時間が掛かりそうなんですかね…?笑)

人間の科学力、そして創造力は本当に凄い  

技術の頭打ちは果たしてあるのだろうと思わせられる 

 

では何故そのような技術を人類は開発できたか、と言えば色々あるだろうが結局のところ

 

「楽」 をしたかった

 

それに尽きると思う。

 

ドラえもんを考えてみればいい。

何故どこでもドアは以前人気なのか? 

「楽」だからだ  

人がより速く目的地まで辿り着きたいという欲求から車が生まれ、新幹線が生まれたように 

どこでもドアがもし実用化されたら、車や新幹線はオワコンになるだろう

 

技術の進歩は「楽をしたい」という人間の欲求を先回りして生み出されてきたのだ

より後の世代を便利にするために

素晴らしきかな、人間の創造力

  

今や誰もがスマホを持ち、通販で何かを買おうと思えばamazonですぐに荷物が届く

コンビニはどこにでもある

音楽も映画もネットで無料で楽しめたりする

昔の人を考えれば、とても世の中は便利になっているのだろう

 

 

しかし、だ。

 

「働き方」 は全然楽になってないのでは?

という疑問が浮かんでくる

 

いや、私は決して勤労を馬鹿にしたい訳ではない

むしろ松下幸之助さんの言葉に胸がアツくなるような、

「夢見がち」な男だ  

 

松下幸之助さんのような「真面目に働き、頑張りまくる」思想は確かに日本の高度経済成長を支え、まさに日本の会社の柱になっているのだろう

仕事と人に対して誠実であるということは大切なことだろうし

しかし、それだけではきっと上手くいかなくなってきているのがここ数年なのだろうと思う

 

経済が上向きの時は頑張れば頑張った分だけ見返りもあり、終身雇用で会社に尽くしてさえいれば文字通り安定した生活が送れた  

だが、今はそうではない

頑張っても決して待遇が良くなるとは限らない

そして会社もいつ無くなるか分からない

そういうカオスな時代だ

 

私は思うんだが、日本は世界トップの先進国だった時の感覚から未だに抜け切れてないのではないか

あの時は上手くいったし… だからこの方法でイケるはずだ…  

そんな空気はないだろうか 

 

ハッキリ言って

もう長時間労働はオワコンだ  

技術の進歩は世界をより効率化させ、「楽」を生み出す

では何故、「働き方」は楽にならないのか? 

おかしいではないか?

 

私は勤労そのものに対しては決して否定的では無いことだけは断っておく

松下幸之助さんのようなガンバリズムも賛同できる部分は多い

 

しかし、ここで思考停止してはブラック企業が蔓延るだけなのだ

それが現状なのだ

 

今の俺たちの世代はもっとよく考えねばならない

思考停止で植えつけられてきた従来の仕事観を取っ払い、新たな価値観を探っていかねばならない

パラダイムシフトは起こるべきなのだ

 

もっと楽に、幸せに生きてもいいじゃないか

 

そういう道を探って行きたい 

 

 

 

 

ブログを育てていく

 

まだ始めたばかりのこのブログ

 

 

まるで入居したての新しい部屋のようだ、と思った。

 

まだ家具もなく、具体的な生活用品も存在しない。

 

そこにまだ「生活」という息遣いが存在していないからだ。

 

 

しばらくはこの部屋に住んでいくのだ。

 

やがて家具を調達し、部屋にも慣れ自分らしい空間になるのだろう。

 

ブログを育てるとはそういことなんじゃないか?とふと思った。

 

音楽家が自分の作品を丁寧に作り上げるように、

 

ブロガーもまた、自分のブログという「作品」を一から作り上げているのではないか

 

ただしその作品は「作為的なモノ」ではきっとないんだろうと思う。

 

生活の一挙一足をこの部屋に刻み、その足跡を真空パッケージしてキメラにしたのが

「ブログ」という作品・・なのではないか・・

なんてことを考えてしまった。

 

適当に酒でも飲みながら、ギターでも弾きながら、

日々の生活を楽しみ、そしてこのブログも楽しもう。

たくさんのブログを見よう。

 

ブログタイトル変えた

えーブログタイトルに特に意味はないです。

 とりあえずブログを始めてはみたものの、書くことが特にない笑

 

最近見たイケダハヤトさんの記事に

「文章は考えて寝かせて上げても面白くない。勢いで、そのままの文体で書くのが一番」

というようなものがありまして。

僕ははーなるほど・・

と思ってしまいました。

 

僕は文章が決してうまい方ではないですし、また速筆でもありません。

なのでじっくりと文章を考えないといけないタイプだと考えていましたが、

イケダハヤトさん的にはその必要はないのかもしれません。

書きなぐったそのままの文章の方が「その人の人柄や感情」だったりをストレートに表現してくれるのでは・・

 

というわけで僕も「流れるように」文を書いていきたいです。

クオリティーは後からついてくると信じて

書くことの体力をつける

というわけで始めたこのブログですが、

とにかくまずは「続けること」を目標にしてやっていきたいですね。

最近、色々なブログを拝見するのですが、

文章というものは読むにはさほど時間が掛からなくても、自分で書こうと思うと結構骨が折れるものです。

以前アメブロで書いていたときも、「こんなに書いてるつもりなのにまだこんなもんなのか…?」とか書いてる途中で思っちゃったり。

そういう経験があると、他の人のブログを見た時の受け取り方が変わる。

「こんなに書けるなんて…すごい!」

という風に感想が変わってくる。

自分に足りないのはとにかくまず「書く体力」

書くべき題材、マテリアルが無いとか、そういう手前味噌な問題はさて置きまずは書く。

そしてブログを書く事を「習慣」にする。

その中で何かを掴むことが出来るかもしれない。